毒という判断

物質というのは、人体に対して何らかの作用を起こします。
その作用を人体に有効なものとして取り込むことが出来ないものを毒と呼びます。

玉葱やチョコレートは人間にとってはただの食べ物ですが、実は犬には毒なのだそうです。
生物の種によって同じ哺乳類でも、毒になったりしてしまうのです。

毒が毒で無いというのは、体内で無毒化しているからです。
そこに人間としての種の意識が反映されているのを感じます。

つまり、人間という種はどういった性質を有効とみなし、自己化しているかとは、人間がいかに生きてくかという方向性を示しています。
どの物質を生きるのに使うか、どんな性質を有用して人という種は存在していくのか、無意識のうちに私たちは選択しているのです。

そこから考えを進めると、現在はもちろん未来の人類の進むべき道、進化の道筋が推測できるんではないだろうか。
そのことにより私たちはこれからどのように生きていけばよいか、という指針になるのではないだろうか。

普段、目にするようなものからでも、こういった霊性に関する考察が出来るものなのである。
人生、万物一切はやはりフラクタルな関係性であり、興味が尽きることの無い永遠のテーマだと感じます。

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